次に訪れたのがAna Te Pahu(アナ・テ・パフ)と呼ばれる洞窟。
アフ・アキビから、1kmほど丘を下っていったところにあります。
絶海の孤島であるイースター島には、常に強い風が吹きつけます。
そのため植物の栽培は容易ではありませんでした。
人々は洞窟を風よけとして利用し、野菜や果物などを栽培していました。
イースター島には数多くの洞窟があり、
これらが、ビニールハウスのような役割を果たしたんですね、
アナ・テ・パフは、その中で最大規模のもの。
洞窟の全長は3500mもあります。
洞窟は、地面にぽっかりあいた大きな縦穴と、
それらをつなぐ地中の横穴で構成されています。
縦穴は、風を遮る一方、陽のひかりが届くので、
バナナやパパイヤの木々が青々と茂っていました。
洞窟の奥の横穴のほうには、
石を組んで作ったベッドやかまど、貯水池の跡。
人々は長期間に渡ってここで生活していたようです。
しかしこれにはちょっとした理由が・・・。
18世紀に西欧人がイースター島に上陸して以来、
欧米人による奴隷狩りが行われるようになり、
このような洞窟暮らしは実は追っ手を逃れるためだったとか。
王や神官をふくむ大半の島民が奴隷として連れ去られ、
過酷な労働を強いられたそうです。
さらにキリスト教布教のさまたげになると、
この島独自のロンゴロンゴ文字が記された木片をはじめ、
多くの文化財が焼き払われました。
つまり島の歴史や文化を語り継ぐ、人も、物も失くしてしまったのです。
いまでもこの文字は未解読のままだとか。
この文字さえ解読できればもしかしたら
モアイにまつわる様々ななぞも解けるかもしれませんね。